Lingkaran web 心とカラダにやさしい生活








最新号のご紹介



あの人がおすすめこだわりのお店

カラダにいい場所、訪問記

「やたらにしあわせ蕎麦」

編集部だより



リンカランの森

リンカランの畑



みなさんのおたより

かいらんばん〜web編

暮らしの知恵袋


お知らせ
バックナンバー
過去のWeb連載
誤記のお詫び


「やたらにしあわせ蕎麦」

第20回 人の温もり 木の温もり「井荻 蕎麦みわ」

風邪を引いてしまった。しかもわたしには珍しく食欲がなくなる風邪だ。まあ少しくらい食欲がなくても、風邪なのだしそのうち食べたくなるだろうと思える。しかしそれが「蕎麦欲」がないとなると話は別である。これはおかしい、何か重大な病気じゃないかと心配になってくる。2日以上もたぐっていないのに気づかないでいたり、大好きな店の蕎麦の3枚目を食べきれなかったりすると自分でも心配だが周りも異変に気づき心配し初めるほどだ。だいたい体内の血中蕎麦粉度は実際に下がっているのに体の方がそのSOSを出してくれないのだから気づいたらバッタリと倒れてたりしてもおかしくはないのだ。もちろん私にだけ適用される話なのだが。

さてそんな風邪の身ではあるが本日はお蕎麦につられてフラフラと12月の街に出て参りました。鮮やかな黄金色の銀杏の葉舞う東京都杉並区井荻、「蕎麦 みわ」。西武新宿線の井荻駅を降り環八沿いを少し歩くと、そこだけくり抜かれたように独特の情緒を際立たせている店が見えてくる。無垢の木肌と純白の暖簾。統一感のある隙のないデザインの外観は中の様子が想像しにくく、初めての人にはどんな店なのかワクワクさせるものに違いない。


農家の庭先をイメージしたという店内
店内に入ると思いの外、やさしい明るさの気持ちの良い空間が現れる。ここにもまた外観のものと同じ無垢の木がふんだんに使われているのだが、店内の雰囲気はモダンな山小屋のようなナチュラルな印象だ。 中央の大きな半円形の秋田杉のテーブルが目を引くが今日は入り口に近い窓際の席へ。背もたれが小さな椅子がとても可愛いらしいので尋ねてみると、子供の椅子を作る作家に頼んで作ってもらったものというところがまた何とも言えずいいではないか。
さてさて、風邪引いてる人は少し温まって、栄養つけてからお蕎麦さんに会いたいと思いますよ! 私は冷え性のくせにどんなに寒くても冷たいせいろしか食べないのでその分「蕎麦後の蕎麦湯」でうんと暖まろうと普段から気をつけているのだが(単に蕎麦湯をたくさん飲みたいがための言い訳でもあるが)今日は長引く風邪根治への願いを込めておつまみから風邪を考慮したものをという訳である。本日の蕎麦前は別紙の季節限定メニューから、「牡蠣の天ぷら」と「鴨の治部煮」に決定。栄養あるしあったまるしで完璧でしょう!

程なくしてやって参りましたのはまず「牡蠣の天ぷら」。牡蠣フライはどこにでもあるが天ぷらは意外と少ないので、牡蠣好きの私としてはお蕎麦屋さんで出会えると嬉しいメニュー。広島産の牡蠣はぎゅっとおいしさがつまった感じで、牡蠣フライよりさっぱりしているのがいい。獅子唐が2つと牡蠣が3つ。こんな時私がどうしても考えてしまうのは「二人で来た時はどうしよう」という問題である。獅子唐は2つだからいい。しかし主役の牡蠣さんが3つってことは一人一個半ずつになる訳で、でも牡蠣って形状からして半分に切るとどっちを食べるかでかなり不公平なことになりかねないし、じゃあその時はどっちを相手に譲るべきなのか、頭の方かしっぽの方か、エ? 牡蠣のしっぽ?! エートエート……。って普通に一個譲ればいい話なんですが。いくら大好物とは言えこの有り余るわたしの良識を狂わせる程の煩悩、恐るべし。


お鍋のように熱々です
さてお次は「鴨の治部煮」。このメニューはお店によってはお酒のつまみのような感じで汁気も少なく温度も冷めたようなものが出てきたりしてしまうのだが、こちらの治部煮はまさに風邪の人向け、あったかほくほく仕立て。たっぷりの汁に鴨肉と水菜が浮かび、湯気がモウモウと立っている様は、普通のお皿に盛られているのにまるでお鍋のよう。いかにも温まりそうな一品である。
鴨肉はしっかりした素材の味が生かされ、堅いわけではないのだがいつまでも噛んでいたいような美味しさ。水菜のシャキシャキ感と交互に楽しんでいると、ウーンこれはついでにお酒も頼めばさらに温まれるかも……などとすっかりくつろいでくる。

しかし実のところ私はもうお酒どころではないのだ。心はとうにあの人のところへ飛んでいってしまっている。店内に入って以来ずーっと、私の目は無意識のうちにある一点を時々とらえ、とらえる度にときめくような喜びに小さくしびれているのだ。打ち場の窓ガラスに貼られた紙の文字「手碾きせいろ始めました」。嗚呼なんと深沈と、北国の雪に晒された縮の如き貴さに満ちたこの言葉……。「手碾きせいろ始めました」「手碾きせいろ始めました」……大袈裟と言われようが笑われようが、私にとっては繰り返すほどにマラルメの詩よりも味わい深く、恍惚のうちに胸の中にひろがっていくような響きなのだ。だいたい私はこの連載第一回の冒頭で「好きな言葉は手打ち蕎麦」と言ってしまった人間である。「蕎麦」という漢字は眺めるのも好きだし響きも素敵! 「手碾 き」っていうのも綺麗な言葉だよねえ……とうっとりする私の感覚は、かなりの蕎麦好きの友人にもなかなか理解出来ないものらしい。とにかく店内の「手碾きせいろ始めました」の文字が目に入る度、私の脳内のどこだかに何やら知れぬものすごくいい物質が分泌されているのは間違いない。心の底が小さくウキッとするような喜びなのだ。

と言うわけで本日のお蕎麦のオーダーは「せいろ」、そして先程から眺め過ぎて貼り紙に穴が空きそうなほどの「手碾きせいろ」、最後に1日限定15食の「田舎せいろ」、この3種類で参ります! まあもちろん全種類なのであるが。最後の田舎も手碾きだそうで、今日は手碾きが2種類も食べられてしまうらしい。罰が当たりそうなほど贅沢な日である。

まずやって参りましたのは「せいろ」。こちらのお蕎麦はですね、下のざるが透けてしまうようなショボい盛りではございません。運ばれてくるのを遠くから見ただけでオオッと嬉しくなる程こんもりとうずたかく、たっぷりの量で盛られてくるのだ。しかしテーブルに置かれ間近で対峙してみると、目を引くのはやはり量よりもその端正な質感である。みわの「せいろ」はきめ細かな肌の美しい極細に仕立てられ、品がよく丁寧な印象。でも盛りはドーンと気前よく、丸い皿の上の真ん中にぎっちりと密度濃く、小山のごとくそびえているのが嬉しい限りではないか。

せいろ山を愛でつ
今日の「せいろ」はいつもよりやや香りも甘みも淡め。しかし少しけむるような味わいがあり何とも言えない美味しさである。選び抜かれた素材で、磨き上げた腕で打たれた蕎麦というものはやはり違うもので、香りがやや淡かろうが甘みが少なかろうがそこには言葉にできないような言わば「引力」とでも言うようなものがあり、つゆなど全く使わないうちにスルスルと自動的に箸が進んでしまうものなのだ。


こちらは手碾き山
さてお次はいよいよ! もう壁の張り紙には穴が空いてしまった「手碾きせいろ」の登場である。ううう嬉しい、こちらもまた豊かにうずたかい小山だ。手碾きというのはやはり粉を碾くのがとても大変なので一般的に「量が少なくても我慢我慢」という暗黙の了解があるのだが、みわの手碾きは「ええがらたんと食べてってな〜」と言わんばかりの、こちらが心配したくなる程気前の良い盛りである。
また特筆すべきはその肌の透明感。やや緑がかった蕎麦は先程の「せいろ」のきめ細かく密度の濃い肌とは対照的に透き通るような透明感を持ち、その中に白やオレンジの大小のホシを無数に浮かべている。手碾きのため粒の大きさも様々らしく、その輪郭線は何とも言えないふるえるラインをなぞり、見つめているだけでドキドキしてくる程美味しそうだ。
さあさあこのうれしい瞬間、待ちに待ったひとたぐり目である。いきますよ……おー甘い! これはちょっと珍しいくらい、驚くような甘みを持った蕎麦である。その分香りの方は予想より品のいいものであったが、舌の上に広がる穀物の甘みが何しろ素晴らしい。舌触りは見た目の通りの素朴なザラザラなのに喉ごしは非常によくスルスルと食べられ、そのあたりは先程のせいろと共通するものを感じる。後で尋ねてみればどちらの蕎麦粉も産地は同じで福島は裏磐梯、雄国のものだそう。確かに、碾き方打ち方によってそれぞれ表情に違いはあれど、このスルスルと箸をすすませる品の良い感じはいかにも福島の蕎麦らしいものだ。

店内は昼下がりのいい時間。近所の人であろう、品のいい老婦人がひとりずつ別々に3人、それぞれにあたたかい蕎麦やお昼のセットを楽しんでいる。私は今まで夜にしか訪れたことがなく、ナチュラルで素敵なインテリアの店内で大人のカップル達がお酒とお蕎麦を楽しむ雰囲気がとても好きだったのだが、今回初めて昼間のほのぼのとした雰囲気を知りあらためて「よい店だなあ」という思いを強くした。
一人の老婦人が帰り際、先月怪我をして大変だった話をお店の人にしている。お店の奥さんは親身になって話を聞きながら、自然に入り口まで見送りそっと扉を開けてあげている。
細長い窓からは12月の日差しが斜めに入り、よく見ればすぐ前の環八を行き交う車の様子が静かに眺められる。しかし店内はどこまでもゆっくり、穏やかな雰囲気。外に出れば忙しない時間が流れているのだろうが、壁一枚隔てたここは別世界と言っていいだろう。


南会津で育って今日ここにいます。
すっかり和んでいる私の前に、最後の「田舎そば」が運ばれてきた。ここの田舎はがっつり濃いめのグレー、嬉しくなるような力強い姿である。先の2種とはまさに打って変わって太い蕎麦で、ざらついた粗い肌はその表面にたたえた水分でピカピカと輝いている。ひとたぐりしてこれがびっくり、何故か胡椒のようなスパイシーさを感じるではないか。理解されづらい表現だとは思うがそうとしか言いようのない深い不思議な美味しさである。かつてここの蕎麦にこの感覚を覚えたことはない。これが、季節によって、産地の状態によって様々な表情を楽しめる「蕎麦」というものの醍醐味だと私は思っている。調理法や調味料で1年中同じ味にととのえられる料理よりどれ程貴重なことだろう。
しかもこちらの田舎は店主自らが福島県南会津において栽培した玄蕎麦が使用されている。慈しみ育てた人が打った蕎麦と思うと、まるで店主の子供のようではないか。目を細めたくなってくるではないか。
今日この場所でしか味わえないかもしれないこの味。その濃厚な力強い味わいに、ウーン美味しい、ウーン止まらない……と気がつけばほぼ完食してしまった。最近風邪であまり食べられなかった私には驚くほどの量だ。

食後はとろとろポタージュな蕎麦湯で心からじんわり暖まる。心からというのは、この店のこの雰囲気で味わうからこそなのだ。ほとんど全てが店主の友人達の手作りによるものという、木の温もりに抱かれるような空間。近所の人が憩うのんびりとした昼下がり、このテーブルから眺める風景は、道行くおじいさんがマスクをしていることにすら平和なあたたかさを感じてしまったりする程だ。同じ蕎麦湯を、都会的なスタイリッシュな店で味わってもここまで温まることは出来ないに違いない。

さあお腹いっぱい、しあわせいっぱいな気持ちで、風邪は大方蹴飛ばした気分。来る時とは大違いの元気さで師走の街を闊歩できそうだ。「みわ」がくれた体温、楽しく家まで持ち帰るつもりである。



撮影・白木智久

東京都 蕎麦みわ

所在地: 東京都杉並区井草3-15-3
TEL: 03-3394-3837
定休日: 月曜・第1・3火曜日 
営業時間: 11:30〜14:30/17:30〜21:00
※日曜は11:30〜14:30/17:30〜20:30
駐車場: なし
WebSite: http://www.sobamiwa.jp/




「やたらにしあわせ蕎麦」のトップへもどる





プライバシーポリシー




Copyright Sony Magazines Inc.